温故知新から学ぶ ~第5章
2006.07.03 Mon
鶏鳴狗盗(けいめいくとう)の巻(2)
こんにちは。おさむっくです。久々の登場となります。。。
久々すぎて連載の意味がなくなっておりますね(汗)
さて、自らの機転により、単に5月5日生まれという理由で父親から命を狙われるという生命の危機から
脱した孟嘗君(モウショウクン)の続きの人生です。今回の物語は長くなりますので数回に小分けしていきます。
孟嘗君は、斉(せい)国の王様の一族でしたので、大変裕福でしたが、孟嘗君は考え方も立派で心もとても寛大な
人間でした。王族であることや、裕福であることにおごることなく、たくさんの有能な人たちを敬いお客様として招いていました。
孟嘗君は何か一つでも特技をもっている人をお客様として招き、もてなしておりました。お客様として招いているのですから、
当然、衣食住にかかるほぼ全ての負担は孟嘗君が担っていました。お金がなくとも衣食住が満たされる訳ですから、賢人や偉人のみ
ならず、中には犯罪者や一見何の取柄も無いような人も集まりました。しかし、孟嘗君はこれらの人々の身分や身なりを気にせず、
皆同じようにもてなしをしました。気付けばその数、ざっと3000人。。。汗
そのことが世に広く広まり、「孟嘗君は寛大で賢明な人間である」という声が高まり、孟嘗君の人気は高まるばかりでした。
そのことに目をつけた秦(シン)の昭王(ショウオウ)は、彼を自分の国の宰相(サイショウ)に任命しました。
孟嘗君は3000人の客人の中から数百人を連れて秦へ赴き、宰相の座につきました。
宰相といえば、王様の次に偉い地位です。しかし、孟嘗君は斉王の一族だったので、「孟嘗君を秦の宰相にすれば、斉に都合の良い
政治が行なわれ、秦に危険な事が起こるかもしれない」と昭王に忠告する者がいました。
それを聞いた昭王はそのとおりだと思い、他国に逃すのであれば脅威になる前に軟禁して後で殺してしまおうと思いました。
軟禁された孟嘗君は、何とか逃げ出せないものかと昭王の愛している女性に使者を送って助けてくれるよう頼みました。
すると、その女性は、「白狐(ビャッコ)の毛皮のコートをくれるのなら助けてあげますよ。」と言いました。
孟嘗君はその毛皮のコートを以前持っていたのですが、秦の宰相に呼ばれたときに昭王に献上してしまっていました。
困った孟嘗君は、食客たちに相談しましたが、だれも良い考えが浮かびませんでした。
すると、席の後ろの方に座っていた盗みの上手な客人が「私が盗ってきましょう。」と言いました。
~鶏鳴狗盗(けいめいくとう)の巻(3)へつづく~